ゆメめモ

夢のメモ、個人的メモ、落書きなど

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母が倒れて母が死んだ話5


骨を見て父が言ったんだ

「骨の色が変なところは、生きているときに悪かったところって言われている

 お母さんの頭の色はおかしくなかった

 ずっと、救急車が運ぶのが遅かったからかとおもってたけど

 大丈夫だったんだな」





いやいやいやいやいや、それは、絶対、ないから!!!

絶対運ぶの早かったら結果違ったから!!!!



と言えるわけもなくーーーー()





49日も終わって

まるで何もなかったみたいだ







死因は闇に葬られた

探る手段は、いくつかあるけれど

それをしてどうしてもうないので

ぼくは疎まして

まだしていない



調べるなら、きっと早い内がいいだろう

時間をおくと情報は消えてゆくから





ぼくは死んだ人に興味はない



けれど時々悲しくなるんだ

死の境界線の人々を見ると怖くなるんだ





いつか時間が置けばこんな悲しみも消えるんだろうかって

それは正しいことなのか

それは間違ったことなのか



ぼくの母親はもう死んでいない



それだけ







それはぼくにとってはとっても衝撃的なできごとだったけれど

年を取ればだいたいの人が両親の死を看取るわけで

ある意味「当たり前」のこと



でも世の中で「当たり前」のことはぼくにとっては当たり前じゃないし

当たり前だからって受け入れられるわけじゃない





ぼくは普通にしているけれど

そもそも死よりも家族の存在を受け入れられていないのかも知れない



ぼくは実家をずっと腐ったおもちゃ箱のように感じる



幼いまま変わらないようで、いつの間にか汚れてる

だからふたを閉めておかないと







次は誰が死ぬんだろう

そのときはどうすればいいんだろう

できることなら面倒くさいことはごめんだ













ぼくは誰のためにも生きない

ぼくはぼくのためにしか生きない

生きることへの違和感が鳴り止まなくても

夜を寝ると朝が降りてくるんだ

おやすみとおはようの間の「また明日」



この空気はまたどこかを回っている

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母が倒れて母が死んだ話4


5/16頃から呼吸状態が悪化し下顎呼吸が出てきた



もうフェイントにはひっかからないぞ!でも下顎呼吸ってやばくね???

と思いながら5/17も出勤

仕事が終わって明日は夜勤か~

と思って帰宅したところ病院から電話が。



今夜が山かも知れないと。

職場に電話して休みをもらうが、

もう終電は終わっており明日朝一に出ることに。



5時の始発、乗り継ぎが悪くてたどり着くのには10時ごろになっていた



7時頃、終わったんだとメールが届いた







そうかーーーー



そうか









骸骨のような顔の上にも布がかかっていて

皮膚の乾燥で引っ張れた瞼は閉じきらず、乾燥で死んだ魚のような白い黒目があらわになっていた

唇も閉じきらずに切れて赤い口角と、折れてなくなった前歯が見えていた





「悲しい」とかじゃなく、 理由も浮かぶ前に「死」の現実がぼくを押さえつきてきて



ああ、そう、すべて終わったんだと 涙が落ちてきて

そんなときに一人にして欲しいのに現れたKYの兄を蹴散らしてやりたかった()











これは祝福すべき死なのか と



すべてから解放された死なのだろうか



肉体や精神の苦しみから     ぼくはおめでとうと言うべき何だろうか



いやもっと、生きて欲しかったと 言うべきなのか???





ぼくの知らないところで母は何度か自殺未遂をしていたらしい



そうしてまで恋い焦がれた死にやっとたどりついたのなら



そう、 ぼくは・・・・・・









ああ、



ただもう継ぎ足せない 言葉を





ただ、こんなに無駄に高いおいしくもない点滴だけになるのなら



もっとおいしい物 食べたら良かったのになあ



お風呂が好きなら、銭湯の回数券でも買えば良かったかなあ







後追いの親孝行なんて気分が悪い





土日と忌引きの1週間



葬式の手続き



葬式は高いと葬儀屋と談義する父

高額医療費の手続き



お墓の値段



黒い服の人たち、近所の人たち

黒いリクルートスーツを着るぼく



線香の煙

意味の分からないお経





 愛してた。



誰かの言葉が置き去りになった



母か?父か?  それともぼくか?





火葬場で、点火のスイッチを喪主の父に押せと火葬場の人は言った



ボタンに手を添え、

父は泣いていた

親戚や近所の人も周りにいた



しばらくの間を置いて

そして火はついた













煙突からうっすらと煙がのびた

火葬時間は延長された



誰のとも分からない骨がそこにはあった

慣例に従って、そいつをぼくたちはつまんだ

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母が倒れて母が死んだ話3


平日は働き、土日の休みのたびに実家に帰り

休まらない1泊をして帰る。



そうして1ヶ月。

しんどかったなあ



せめてもの救いはとってもやさしい受け持ちのおばあちゃんがぼくのことを心配してくれたこと

(このおばあちゃんもおばあちゃんで状況はシビアなんだが・・・・)



「ちゃんと話ができるってすばらしい!!!そう思いました」





割ときれいな心電図の波形

昇圧剤でキープされても低い点滴

徐々に減る尿カテーテル内の尿

定期的に動く人工呼吸



髪は緩やかに抜けて

体は清拭はしてもらっていてもどうしても垢っぽく黒くなっていく

調子が悪いときに顔面から転けて折れた前歯

もともと痩せていた顔がより痩せていき、まさに「骨」になって行く顔と体



肉付きがなくなり骨格になっていく様は恐ろしい



「こいつは誰だ?」と思うと何がなんだか分からなくなってくる。





誰だろう

この人は誰だろう

しゃべらない、うごかない

これは



目は閉じきらなくて半目になって

渇いて角膜が混濁している







1ヶ月ほど経った

このまま脳障害でいつかは在宅療養になるのかな?と思った

人工呼吸器は口から入れていたが鼻に入れ替え

毎回毎回「あとどれぐらい持つか分からない・・・」との説明に本当に参ってしまう



勤務のシフトも少しだけ夜勤を入れてもらうようになった



そんな矢先

日中に面会に行って地元からこっちに戻る夜の電車の中

「尿量が減った、明日明後日かも知れない」と病院から電話が。



昼間はいつもと状態変化なかったのに????どうして?????

昼間面会に行ってたのに???なんで今??????



電車の中で動揺

ぼくは車が運転できないため帰りの電車がなければ戻れない

調べたらこっちの駅で降りて折り返し乗ったらギリギリ終電でたどり着けると・・・・

職場に電話を入れてまた休みを取る・・・・



病院に駆けつけたところ結局状況は変わらず?

しかも面会も所定の時間しかできず?

待合室のソファーで一泊して、結局1日様子を見て戻りました



な、なんやねん・・・・







この頃を境にぼくの母に関するメモが異様になくなりました



なんだかんだ低いラインを持っている

程度が見えないから対応にも困る

ぼくも働いてる中今後何ヶ月も続くかも知れない「救急対応」はできない



看取れないことは別に構わない

同僚が「介護休暇」もあると言ってくれたけど

正直意識もないし面会の時から入れないし介護も何もない



利尿剤を使用しても尿量キープできず

腹水がたまり、アルブミン点滴をしたり腹水を抜いたり・・・・





夜勤に戻り徐々に「普通」になっていく・・・・

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母が倒れて母が死んだ話2


ぽかーんとしつつ仕事に戻りました。



むしろほっとした気分でした。

めったにぼくは実家に帰らないし連絡取らないので「非現実感」からやっと解放された

あと会話が成り立たない父と兄と一緒に居るのがストレスでストレスでそれからもやっと解放された



はああああ、仕事、かんばる!!!



でも次いつ救急で呼ばれるか分からないため土日の勤務と夜勤はなしに・・・

ひいいい、5連勤とか・・・・しんどひ・・・(普通の職業はこれが普通なんだけどね)





そして未だ延々ともやもやし続けること



なぜすぐに救急車を呼ばなかったのか?

なぜ?

どうして????

朝の時点で救急車を呼んでいたら・・・・



むしろよくよく聞いたら1週間前から調子が悪かったと・・・

なぜ病院に行かなかったのかと・・・・・



でもそういえば2011年の年末あたりに「足がむくむ」と言ってたけど、

それが何か関係あるの・・・・



そのときぼくは「かかりつけ医の受診の時に言うべき」と言っただけ



その後の詳細は不明、かかりつけ医からは低栄養による浮腫と紹介状はあったらしいが

採血データはなし?

でも入院後の採血データでは確かに低栄養

腎機能や肝機能は大きな問題なし・・・・



なぜ?どうして?あのときああしていたら、違ったのかも しれない

という不毛な考え

ときどきぼくをチクリと悩ます

過去を悔やんで過去が変わるならきっと際限なく人は悔やむんだろう

でも過去を悔やんでどうしようもなくても人は悔やむのだよ



もやもやもや













ぼくの母親は長年躁鬱病でした

なんとなく知ったのはぼくが中学の頃だったけれど

煩い始めたのはぼくを産むもっともっと前だったらしい

詳しくは全然聞いていない、最初は鬱だと聞いていた

そういういわゆる家族会議?なるものはうちにはなくて

父がだいたい家のことは決める感じ



ぼくが幼い頃は料理をしていたけれど

ぼくが高校になる頃からできなくなった

ぼくは味噌汁だけ作ったけど忙しかったし疲れた

そしておいしくなかった



座っているか寝ているか

とても早起きでとても早寝で

自分の中のキマリゴトにとらわれていた

早寝早起き、便秘のこと、健康食、ご飯を噛む回数



高2の時ぐらいからぼくは中2病なのか高2病なのか非常にメンタルがぐらぐらになった

意味も分からず死にたかったし、訳も分からず家に居ることが耐えられなかった



そのころから母は鬱から躁への変動が激しくなったようで

毎日のように散歩に出かけ

いろいろな人に話しかけ

市場に出かけ

通りかかりの人の車に乗せてもらってどこかへ出かけたり

物を物々交換で交換したり

「えええええ・・・・」と思うようなことをしていた



んでいつの間にか実家の経済状態が悪くなっていた

仕送りで生活していたがそれが減って

バイトをすりゃあいいんだが

対人が怖すぎてバイトができず何をやってるんだと自分を責めて鬱ループになるぼく

挙げ句学費が払われていませんよと事務から繰り返し呼び出しを食らい

チキンがありあまって友達がほとんどできなかった 死ぬかと思った

結果的に言うと奨学金借りて、学費は免除の手続きして、ネット充して

なんとか資格合格、就職先も見つかった



成人式、卒業式、振り袖を着ている人が眩しかった。いいなあ、女の子ってみんな振り袖で来るんだ。



就職して恵まれた職場で働き

仲のいい友達や相方と絡んで生活する中で最近はぼくのメンタルも安定してきた



実家に電話すると会話の成り立たない父と母と兄と。

そして父と母のいらいらしたやりとりが目に入る。

躁で外を出歩く母

それをたしなめる父

それにイライラする母



もう、スルーしたいよね。







きっとそんな日の中そうなったんだろうなあと

体調が悪い

いつものことだから

わざわざ病院行くなんて



治るから



寝てる?

また睡眠薬飲み過ぎたんじゃないかって


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母が倒れて母が死んだ話1


2012年3月22日に母が倒れ5/18死んだ話。

個人的消化メモ。



60歳手前でした。



普段父からメールが来てもたいしたこと無い内容はだいたいスルーしてた。

3月22日、午前4時

たまたまその日は夜勤に入るときだったのでその時間まで夜更かししてそろそろ寝ようかと布団に入ったときだった。

こんなときに電話?なんやねん、こんな時間だし、まあ取るか。とめずらしーく電話取った。



母の意識が曖昧になった と



は?



どうしたらいいかな? と



え?

いつから?



21日の朝から調子が悪かった と

やたら低体温で最初は話せたがだんだん話せなくなって反応が曖昧になった



頭の中は「!!!???」の状態



「それはやばい、早く救急車呼んで」





そしてその後救急搬送、ぼくは追っての連絡待ち。

朝を待って職場に電話して報告。



救急車到着時点で心肺停止状態、救急車の中で蘇生を行い心拍は戻ったが

極度の低体温と低血糖で意識はなく

人工呼吸器を装着した状態

もしかしたら明日明後日かも知れない



はあああああ????



職場に状況を報告し休みを取ることに。

荷物をまとめ、いつ帰れるか分からないため友人に家の鍵を託してうちの鳥たちの世話を頼んで

3時間かけて帰省。



なんとか病院にたどり着いて医者から説明を受ける

意識消失の原因は極度の低血糖か

(到着時輸液開始後で26mg/dl 通常血糖値は70以上、40以下だとしんどくなる)

低体温(到着時25度!!)と心肺停止による低酸素状態により脳にダメージが加わった

それにより脳に浮腫が起こり2~3日後がピークでそれが一番の危険。

(ピークが過ぎてもいつまた心臓が止まるか分からない状態)



人工呼吸器と血圧を上げる点滴と栄養剤とおしっこの管



ぽかーんですよ



もちろん意識はなく反射のような手の動きがあるだけ



えー、なにこれー、えーーー



3日後状態、低体温は改善しむしろ発熱中

それ以外は大きな変化はなく

つまり脳浮腫による一番の危機は脱したということ

次いつ状態が崩れるかはまったく不明

しばらく現状維持の治療が行われるためぼくは一旦帰省することに・・・・・



最終的に状態は回復することがなく、ゆるやかに徐々に悪化の一途をたどり、もちろん意識は回復することはなかった

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ドライソケット治癒中!!!


ドライソケットと判明してから追加の抗生剤を5日内服

その間ロキソニンとボルタレンは手放せず・・・・

心なしか胃が痛いときもあったけれど、抗生剤と胃薬処方されてるので気にせず!!←



食後食べ物が詰まると違和感があるのと気になるのとで

毎食後自分で歯茎の穴を洗浄・・・・めっちゃいたい、冷水だとしみすぎて痛くて死んでしまうのでぬるま湯で・・・



抗生剤終了する1/15にはロキソニン1日2回で済むように!

一昨日あたりから痛みはあるもののようやく痛み止めなしで過ごせるようになりました・・・・

ああああ、よかったあああ

もちろん食べ物は詰まるので洗浄・・・

これもだんだんしみなくなってきました

会社でもひっそりと洗浄を()



食べ物自体はもうなんでも食べれます!とんかつもがっつり食べてます!



今日再診日でしたが、粘膜が張ってきてるそうで、骨とか神経とかを粘膜がやっとカバーしてくれる状態に・・・・

自分で歯茎の穴を洗浄していったけど、歯科で再度洗浄したら食べかすは出てこず。

自己洗浄でしっかりきれいになってたみたい!!よかった!!



そんでもって歯科の先生に自己洗浄してますとカミングアウト()

そしたらシリンジの先につける金具のチューブ?を貸してもらった\(^o^)/わーwww



あとは歯茎の再生を待つのみだそうです

とりあえず歯全体の洗浄とマウスピースの調整のためにまた来週受診だけど(´・ω・`)



ほんと・・・痛くないってすばらしいことですね(´・ω・`)

疼痛コントロールがいかに大事なことか身をもってよく分かりました^p^



痛みというのは本当に苦痛で、たとえ他の部分が元気でもそれだけで生活がままならないという・・・

原因不明の痛みは痛みを抑える以前に痛みの原因を知ることが大事だけど

原因が分かってて、耐えるしかない痛みって言うのは適切に(←)痛み止め使うことが大事ですよねえ・・・

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抜歯→ドライソケット


1/4右下の親知らずを抜きましたが、ドライソケットになりました本当にありがとうございます(うわああああ)



ドライソケットについてはぐぐってくだしあ



抜歯翌日の消毒では何も言われず。

抜歯後2~3日は少しは痛みがましになったかなあと思いながら

それ以降痛みが引かず。

痛み止め1日4~6回飲みつつ(※上限オーバーです)

いや、やっぱり痛い!痛いよ!痛み止めなんて4時間で切れちゃうよ!!!

といいつつ仕事をしてました



1/10 残業したけど、歯科がまだ空いてる時間に仕事が終わったので予約してないけど受診

もう痛いようかなわない!!!痛すぎてメンタルも落ちて限界です!!再診の今日まで持ちません!!

とかけこみ。



診察結果、治癒が遅れてる、かさぶたがとれてる とのこと



それっていわゆるドライソケットーーーー

そらあ痛いわけだ・・・・・



創部の洗浄をして抗生剤追加



治療の選択肢としてはこのまま自然治癒を見るか治らなければ再掻爬するか、と

(ネットでは軟膏やガーゼを入れる治療法もあるみたいだがその選択肢は言われず・・・)



もうかさぶたははがれてるので創部の穴のゴミをとるためにうがいは強めでOKとのこと



見えないところでゴミが入っているのが嫌で嫌で・・・

しみるけど強めにうがいをするがとれてるんだろうかこれ・・・



ふと、引き出しにスポイトがあるのに気づき、スポイトで水を勢いよく創部の穴にバーッとやってみたところ

うわー、食べかすが!!!ひゃーっっ!!!

そして激痛()

でもなんとなく気持ちが楽になった!!けど激痛←



今日再診して あまりゴミが詰まってない って言われたけど昨日自分で取ったせいです^p^p^←

あんまり変わらない、悪くはなってない、あとは待つだけ

とのことで痛み止め追加

あと予定通り抜糸しました・・・引っ張れる感じがちょっと楽になったかもーーー。



そんなわけでしばらくはロキソニンとボルタレンを食べ続ける日々か・・・・・()

いつ治るんだろう・・・・orz

治るというかいつ痛みが引くんだろう・・・・うぐぐぐ


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右下の親知らず抜いたよ!


右下の親知らず抜いたよ!という話。



おれの下の親知らずは両方とも横向きに生えてて、かつほとんど歯茎に埋もれている状態だった。

左下の親知らずは2年前虫歯はないが歯茎が腫れるし、就職前になんとかしたくて抜歯。



マウスピースの定期検診で歯医者に行ってるが、右下の親知らず周囲は虫歯になっていないが、どうにも隙間がうまく歯磨きできず、またもや歯茎が腫れている。



よく歯がすべて抜け落ちる夢を見たが、一度親知らずを抜いてからは見なくなった。

心配だし早めに抜くか!年始はきっと忙しくないし年始抜くか!!



ってことで休み希望出して1/4 11時に歯医者予約。



親知らずを~抜くんです~

と不安のあまり会社で先輩に相談^p^

てか1/4の9時まで仕事してて去り際に



今から・・・歯医者行きます!!宣言をし、おれは会社を去った^p^





んでそわそわしながら歯医者到着



数分で麻酔開始・・・・おおおお心の準備がまにあっっっっっt



表層麻酔軽くしてから局所麻酔・・・・がいいたいいいいいい



もう嫌な汗がだらだら、というか心の準備が()

右頬がじんわりしびれ出す・・・・



んで歯茎切開、ちょっと痛かったので麻酔追加し再開

口の中でーーーウィーーーン、ごりごりごりーって・・・・・



急に麻酔が切れないだろうか、麻酔聞いてる?大丈夫?という不安感はあったものの

痛みは麻酔の注射の時がピーク



元々おれは顎関節症で口を大きく開けると痛いのもあり

開口するのがひじょーにつらかったが

ところどころ「今休んでいいからね-」と口を閉じさせてもらいながら進行



傷口を小さくするために最終的におれの親知らずは6分割されました

口の中でパキッと歯が折れる感じは大丈夫だが、歯が削れて焦げ臭いのと

歯の根元をぐいぐいひっぱるときに顎が外れるかと思って怖かった・・・



本当に、神様仏様歯医者様!!!って感じです^p^



すべて抜き終わり、生食で抜いたところを洗い流して縫合

縫合糸が唇にあたってひっぱられるのがまた痛かったです・・・



しかし終わってみると11:20



たった20分の出来事・・・



最後はガーゼを強くかみしめて圧迫止血

麻酔は2時間ぐらいで切れるでしょう、とのこと

注意事項を説明され明日また消毒に来てね!とのこと



右頬のぼんやりした間隔の中ぽかーんとしながらかえりまひた・・・



早々に痛み止めを内服

30分と言われていたけど怖くて2時間ガーゼ噛んでました()



外したとたん吐血かのごとく口から血がでろでろと・・・

まあすぐに止まりました。



んでずっと布団の主になりました

麻酔が切れると確かに痛い

痛いけどまあ耐えれる程度



飲み物を飲み込むときが痛い



9時頃ご飯を食べたが18時頃にはさすがに空腹が限界でゼリーを摂取







とても痛い すごく痛い めっちゃ痛い



また寝ました



んで0時頃に再度空腹に負けて

今度は先に痛み止めを飲んで待ってからプリン摂取

今度はそんなに痛くない?

歯磨きするときは痛かったけど・・・・



そして現在に至ります

なんとなく痛いなう





とりあえず土日は休みだけれど月曜は仕事だ・・・

仕事はできる気がするけどご飯が心配すぎます・・・怖いよおおおおおお

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